帰国後にブログを書く前に旅で訪れた地をネットで改めて調べた。毎回そうですが、直感と導きで旅を決断する私は、旅を終えた後に、毎回訪れた場所やゆかりのある賢者の事を深く知るのがいつものパターン💦事前にもっと学んでいければよいのですが、、毎回そんな感じです。それで、帰ってからブログを書くときに色々ネットでお勉強してみたりするのですが、今回いったところはあまりにも凄すぎていたんだ・・全ては鳥肌がたつほどすごい経験だったのだ~と改めて気づき、そのお導きに歓喜を覚えています。とりあえ私が行ったところとブッタについてとても分かりやす伝えてくれているYouTube↓
https://www.youtube.com/watch?v=-w-swMpoD8c
その地を歩いた感想をカキコします。
まず・・釈迦が6年間修業した岩山「前正覚山」・・風景にも圧巻されましたが、一般の観光客が登らないルートをそこにいた子供たちが案内してくれて、私達はその岩山の頂上まで上がりました。その後釈迦が休んだと言われるガジュマルの木の下でゆっくりした後、アシュラムへと戻りました。
目の前に移る風景はとてものどかで力強くて、人々はカースト外の暮らしと聞いているので当然貧しいのかもしれませんが、そこに住む子供たちの笑顔や手を振る純粋な眼差し、洗濯をしているお母さん、牛の世話をするお父さん、畑仕事をする人々、みんなイキイキしていました。幸せとは・・ゆたかさとは・・生きるとは・・いろんな事を考えました。貧しいという言葉の概念はなんなのか・・うまく書けませんがいろんな事を感じる一日でした。
そして、二泊三日のブッダガヤで一番楽しみにしてた「マハーボディ寺院(釈迦が悟りを開いた地)」へは二日間礼拝しました。そこは世界中からお祈りに訪れる聖地とだけあってすごい人です。こんなにも人々は祈っているんだと改めて祈りの尊さを感じる風景でした。寺院の中を歩行瞑想したり菩提樹の周りで祈ったりしました。
※マハーボディ寺院は携帯持ち込み禁止、撮影不可だったので写真はありませんがこちらもブッタについてやマハーボディ寺院についてすごくわかりやすいYouTubeです↓
https://www.youtube.com/watch?v=I2vDt4GkLFs
その大きな菩提樹の周りには菩提樹からおちた葉っぱを観光客に売る人もいたりしたのですが、私はそこを気にすることなく、二日間静かに下に座り瞑想をしました。一日目の瞑想の最後は太陽の上がる光と菩提樹を吹き抜ける風を感じながら、こんなに壮大な風景の中で瞑想できている事、一生に一度の経験ができているんだという事への歓喜が生まれ涙が止まりませんでした。そして二日目の朝、生まれて初めての感覚を得ることができました。言葉ではいい表しずらいのですが、、祈り続けきたこれまでの行いは確実に通っていて(神と繋がっている感覚)、そしてこれからも続けていくことが人生にとってかけがえのないもので、祈りはどこにいても、神に通じるものだという悟り・・この日感じた感覚はいつでも思い出せるだろうという確信がありました。その時、私の腿の上に一つの実が菩提樹から落ちてきました。黒くて小さい実、そして私の座っている足元には茶色くて少し大きな菩提樹の実、木を見上げると、リスが菩提樹の木を歩きその揺れで実が落ちてきたようです。それはそれは嬉しくて、神様からのギフトを頂いたとこれまた涙が止まりませんでした。この二つの実は私の宝物です。持ち帰って大切に私の神殿に祀っています。

今回、帰国後改めて、ブッタの足跡を学びました。私の学んでいるヨーガ哲学はヒンドゥー教がメインでこれまで知らなかった智慧を得ることができました。そして般若心経も毎朝読誦するようになりました。私はこれまで仏教は葬儀のイメージが強いように感じていて、なかなか学ぶ機会がありませんでした。でも今回のブッタガヤ巡礼をきっかけにブッタが残した智慧を少しだけですが知ることができました。ブッタの残した言葉の中でブッタは苦しみの果てに死を前にして「人生は甘美である」と言ったそうです。私も一生を終えるときにそんな境地に出会えるような生き方を目指そう。そんなことも頭によぎりながら、壮大なブッタガヤの自然を見ていました。
ちなみに私は長男をブッタの誕生日に授かりましたので、、なんだかそんなご縁も感じています。これからも写経や読誦をしながら、祈りの実践も続けていきます。
ちなみに下にコピペしてるyoutubeでは藤井風さんが般若心経を歌っとる❤️とても気持ちいいのでオススメです、
次回はバラナシの旅の思い出をカキコします。ナマステ











